Vol.2

ゆう先生
ポレポレクリニック  院長


未曾有の大震災から2ヶ月が過ぎました。
今、私たちに何が出来るのだろう。

阪神淡路大震災の時、産まれて3カ月の娘とふたり、
大阪で大きな揺れを感じました。
病院に出勤すると、17階の窓から大好きな神戸の街が燃えているのが見えるのです。
いてもたってもいられない、今すぐ何かしなければ……。
派遣医師の登録を願い出ようか。

「赤ちゃんをほっていくのか?」
母に叱咤され、はたと気づいたのです。
医師である前に、母である自分。目の前の命を大切に出来ないで、人が救えるのか?
何日も、病院の窓から見える煙は消えませんでした。
心にずっとトゲが刺さっているように痛みました。
病院にも沢山の重病の子ども達がいる。自分に今何が出来るのか? 
自問自答を繰り返しながら、毎日の業務と育児をこなすのに精いっぱいでした。

3月11日、たまたま都会のオフィスにいた時、阪神の時より長い横揺れが来ました。オフィスの備品は倒れ、割れ、壊れ……。その後の情報で、
大津波が東北地方を襲ったと知りました。
自然の力の前に、人間の力はどれほど無力なものか……。
茫然と映像を見る以外に何もできない。引き続いて起こった原発事故。余震、停電。
自分に今何が出来るのか?
16年前、窓から見えた煙が心の奥底でくすぶり続けていたのでしょう、
いてもたってもいられない衝動となって頭をもたげました。
今すぐ駆けつけたい。傷ついた子ども達がたくさん取り残されているに違いない、
あの場所に。ただそばにいて、抱きしめてあげたい。ただ一緒に涙を流したい。

「自分の子どもをほっていくのか?」
夫の問いかけで、くすぶり続けていた煙がようやく消された気がしました。
自問自答していたあの問いに、ようやく答えがみつかったのです。
今自分が何をすればいいのか。
そう、それはとてもシンプルなことでした。


震災からほどなくして、ひとりのお母さんが命を絶ちました。
まだ2歳の子どもを残して。
「自分なんかが母親でかわいそう」
どんなお母さんだって、
子どもにとっては世界でたったひとりしかいないお母さんなんだよ。
どんなに怒りんぼうでも、どんなにぐうたらでも、
お母さんが生きていてくれるだけでいいんだよ。
何度も何度も、そう言い続けて、
やっと笑顔が見られるようになってきた矢先、震災が起こりました。
「震災で多くの人が亡くなったのに、自分だけ生きているなんて」
彼女の顔は曇りました。
生きていていいんだよ、生きていてよかったんだよ。
心の限り伝えたのに、彼女の心に届くにはまだまだ足りなかったのでしょう。
ほどなくして、彼女は一足先に天国に逝ってしまいました。

あれから2カ月たって、遺された2歳の女の子が訪れました。
「ママはバイバイしたんだよ。
もう2さいのおねえちゃんだから、さびしくないんだよ」
その子は、確かに、力強く生きていました。

私にできることは、今、目の前にいるこの子に寄り添うだけ。
「ママ、さびしいよ」って泣ける日まで、ただ、待つこと。
私にはそんなことくらいしか出来ない。


辛さは比べられない。
苦しみも悲しみも比べられない。
被災した方に比べれば……と、比べるものでもない。

今もなお、たくさんの方が被災地で大変な思いで生活をされていることでしょう。
新聞やテレビで見聞きするたび、涙を流したり、
勇気づけられたり、いろんな心が動きます。
私たちに今、何ができるのだろう。

そう、それはとてもシンプルなこと。
私たちひとりひとりが、毎日を、今を、大切に生きること。
自分に出来ることを、精いっぱい、生きること。
その力が、命を生み、育み、社会を育て、大きな力になる。

私は、特別なことは何もできないけれど、
目の前の人の苦しみにただ寄り添うことが、私の精いっぱいできること。
自分の愛する家族のそばに、ただいること。

それが、くすぶり続けていた煙の、答え。

平成23年5月23日
ポレポレクリニック 辻内優子



ゆう先生(辻内優子先生)
東京・武蔵境にある「ポレポレクリニック」院長。心療内科医・小児科医。
日本心身医学会専門医、日本医師会認定産業医。
専門は小児心身医療・女性心身医療・漢方。
「ポレポレ=ゆっくりゆっくり」をモットーに、
母とこの心とからだのトータルケアを目指して
西洋医学と東洋医学を融合した外来診療を行う。2女1男のお母さん。
本誌で読者の方のお悩みに答える「ゆう先生の相談室」を連載中。

http://www.poreporeclinic.jp/


一覧を見る

2011.05.23
Vol.2
2011.04.11
Vol.1